インタビュー01「もっと、役立つ。」


菅原 茂
気仙沼市 市長

気仙沼水産資源活用研究会を立ち上げた時の思いをお聞かせください。

気仙沼は水産業で発展してきた町ですが、その水産業のほとんどは沿岸部に立地していたということで、2011年の東日本大震災では大きなダメージを受けました。

復興に向けて立ち上がっていく中で、いくつかの課題があります。それは震災によって発生した課題もありますし、震災以前から業界が抱えていた課題もあると思います。

震災による課題というと、それまでの販路を失った、ということが大きく取り上げられています。また震災以前からの課題としては、水産物は付加価値を付けて利益率を高くして販売できるものではない、例えばAさんが作れるものはBさんも作れてしまう、ということがよく見られるような、非常に厳しい業界だったというように思います。

その2つを解決することを、まずは考えなくてはならない。そういう意味で自分たちで新しい価値を生み出して、新しいマーケットに売っていく、そういう商品を作るべきだろう、と私は考えました。

そしてもうひとつ。これは水産業だけではなく、気仙沼市をはじめ全国の地域・地方の共通の課題ですが、人口減少の問題が挙げられます。気仙沼市の場合は、高校を卒業すると仕事であれ学業であれ、ほとんどのかたが一度気仙沼を出てしまいます。

そんなみなさんが気仙沼に戻ってきて仕事をしていただく必要があるわけですが、そういう皆さんにとって魅力のある仕事をつくっていかなくてはなりません。気仙沼の外の社会で学んだ知識や得た技能を発揮できる職場をつくっていかなくてはいけません。

水産業界は復興に向けて新しい道を開拓していかなくてはならない。またIターン、Uターンのみなさんが働きたいと思えるような製品を作っていく、また彼らのちからが必要な製品を作っていく。そういうことが大事だと思い、気仙沼水産資源活用研究会を作ってみてはどうか、と頑張ってきました。

現状の取り組みについてどのようにご覧になっていますか?

これまでは食料品の製造を中心にされてきたみなさんですので、なかなか食料品以外の価値を見出す、ということには苦労されていると思います。しかし、先に申し上げたような意図も含めて、水産業界のみなさんも同じような悩みや課題があったのだと思います。全体としていい方向に進んでいるな、と感じています。

水産資源の活用の方法としては、これまでは一貫して、タンパク源としての活用法がメインだったと思いますし、それが気仙沼の繁栄の歴史でもあったと思います。

それに対して、魚であれ海藻や貝類であれ、海のめぐみから最大の価値を引き出すんだということ、そして消費者のみなさんに喜んでいただけるもの(必ずしもタンパク源ということではなく)を海からの資源から作っていくために、みなさんで一生懸命、色々な種類の研究をされておられるので、もっと発展していけばいいなと願っています。

今後の取組に期待することは。

ものがあふれている時代の中で、新しいものを作りだすのは非常に難しいテーマだと思います。しかし、研究会の皆さんが「kesemo」という統一ブランドを作り、その中で色々なものが、素敵なバラエティが増えていくということが大事なんだろうな、と思います。ブランドイメージも考えながら、気仙沼に今までなかったような、気仙沼ってこういうことを考えていて、こういうことができるんだな、ということを全国に発信していく。「次のkesemoの商品ってなんだろう」と消費者の人たちが心待ちにする。そういうブランドが築ければいいんだろうな、と思います。

(例えばある家電メーカーに対して)私たちは若い時に「あのメーカーは次に何を発表するんだろう」という期待がありました。もっと小さくなるんじゃないか、とかもっと音が良くなるんじゃないか、とか今までできなかったような便利なことが突然できるようになるんじゃないか、とかそういう期待があったと思います。

そういう意味で(理想かもしれませんが)kesemoが注目されるという形が望ましい目標だと思います。

kesemoブランドで発信したい「もっと◯◯」を教えて下さい。

kesemoブランドがこうなってもらいたい、ということよりも、消費者のみなさんに対して「kesemoブランドは、もっとみなさんの役に立ちたい」と呼びかけるブランドになってもらいたい、またそういう商品を出していくことが大事なんだろう、と感じています。

「kesemoはあなたのお役に立ちたいんです」そういうことではないかなと。それはもちろんタンパク源としてだけではなくて、色々な分野があると、そう考えています。